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2012/12/09
こだま和文

 松永は苛立っていた。
窓の外は明け方の薄い水色になっている。
寒男は一人勝ち。前田は細々と賭けていたから、大した負けではなかった。
「もうそろそろ止めようや」と寒男がきりだすと、
「ふざけんなよ、あと複数回!」と松永。
寒男は山盛りの吸い殻で埋まった灰皿の中にタバコをねじ込み、カードを配った。 寒男のカードはスペードの6とハートの10。「間」に入るカードの確率はよくない。
「のるか?」寒男は二人の顔を見る。
前田は配られた二枚のカードを見るなり、
「おりるわ」と言って、タバコに火をつけた。
松永は、疲れきった上体をびくりと伸ばし、
「いくぜ!」と、のってきた。
寒男は手元の全チップと、担保金額をメモ書した紙切れを差し出し、
「これで」と松永に念を押した。
「おう!」と松永は重い口調で応え、ゆっくりと、スローモーション動画のように一枚のカードを引いた。「チェッ!俺、帰るぜ、前田!行こう」と松永は立ち上がり、ジーパンのポケットから小さく畳んだ一万円札を摘まみ出すと、テーブルにぽとりと投げた。
松永の手持ちの二枚はハートのエースとスペードのクィーンだった。勝負に出た。ところが引いたカードもダイヤのクィーンだったのだ。このゲームにはままあることだ。
 松永は、狭い玄関ドアの前でスニーカーを履くのに手間取った。片方の足が義足だったからだ。
「わるいな、せっかくのギャラを」と寒男が呟いた途端、
「ふざけんな、もうここには来ねえぜ」と、履きかけのまま、合板ベニヤのドアをおもいきり蹴りつけ、帰っていった。
 十日ほど過ぎたある日の深夜、松永が家にやって来た。
「ちょっと暇だったからよ。」
 寒男はコーヒーを淹れ、ようやく入手したイズラエル・ヴァイブレーションのジャマイカ盤のLPをターンテーブルに載せ、深夜にもかかわらず、ヴォリュームを上げた。
 イズラエル・ヴァイブレーションは身体障害者のレゲェ コーラストリオ。アルバムジャケットにはドレッドをなびかせ、松葉杖をついてジャマイカのストリートを闊歩する三人のスナップがあった。コーヒーをすする松永に、ジャケットを持たせ、スナップを指差す。
カールトン・バレットのドラムのイントロに始まり、三人の歌が流れた瞬間、
「ヤバイ、ヤバイよ、こいつら」と、目を細めた松永は椅子から転がりそうになるほど、上体を仰け反らせるのだった。
 寒男も感動している、共通のツボを心得る者同士が、その音に触れた時の照れ臭さは何とも言えないものである。
「こんな奴等いるんだなぁ」と沁々感心する松永。
「すげぇよ、すげぇんだよ」調子にのる寒男。
 何の情報もなく、レゲェのレコ屋でジャケ買いし、バッチリはまったイズラエル・ヴァイブレーションを、寒男は誰よりも松永に聴かせたかった。
 窓の外が薄い水色に変わり始めても、松永はジェームス・ブラウンとJB’S のファンクネスとグルーヴを語り、寒男はレゲェの静かな凄さと斬新さを語りつづけるのだった。

2012月12月09日