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2014/02/06
こだま和文

 同世代、あるいは少し歳上のミュージシャンや関係者が、一人また一人と亡くなっていく。
 寒男は、自分が死ぬのはいつなのか?と時々想う。考えてもしょうがないことはじゅうじゅう判っている。数秒後か明日かもしれないわけだ。まあ死を意識せざるをえない歳になったと思っているのだが、自分より年輩の人にこんなことを言うと「まだ若いじゃねえか」と、笑われたりもするが、死は年齢に限らずちかくにある。「そう長く生きていたくないが、今死にたくもない」というのがいつもの独り言。
 不謹慎だが最近人が亡くなると、悼む気持ちと同じくらい「楽になったんだなぁ」と思うようになってしまった。物欲も出世欲も向上心も無くしつつある日々。
 放射能汚染と、自国と大陸からの大気汚染に挟まれた暮らしや、カスみたいな政治にぼやき、詐欺や偽称の蔓延するこの世を虚しく思う。
 今となっては自称作曲家でしかない某氏。二、三年前のドキュメンタリー番組で、広島原爆の被爆二世だか三世で、聴覚を持たず大作を作曲すると謳う番組と、ご本人の弁に違和感を感じたことを覚えている。当時既に大好評らしい楽曲も「大仰な音と構成ばかりで、はったり臭いな」と直感していた。
 汚染水は毎日溢れ続け、核廃棄物の行く末は数万年先か数十万年先か、超SFなこと。寒男!お前はあとどのくらい生きられるのか。
 海外では内戦、内乱、戦争。つつましく暮らす人々が虫のように殺されてゆく。お隣の国では中世と変わらぬ独裁体制。横田めぐみさん達を救出したいが行動できず、ライブのステージで声を上げるだけの寒男。
 寒男はライブの予定があるから生きている。生かされている。
 何の役にもたたず、文句を言い、酒を呑んで一日一日死に近づいてゆく。
 一番やりたい事は、部屋の片付け。大事な本もレコードも、思い出の品もあっさり手放して、花を一輪飾りたい。しかし、そんなことさえめんどうで、死ぬ前の身辺整理のようで、怠けたまま現状に甘んじている。結局、ライブステージが迫る中、基礎の練習をし、曲を選び、爪を切り、何を着るか考えている。アホなしあわせ者か。
 寒男は動物園が苦手だ。テレビで見るだけでも侘しくなる。酷暑や極寒の檻の中で生きる動物達。象の鼻に絵筆を付けて絵や文字を書かせて喜ぶ。けったいだ。
 けったいなのは寒男だ。寒男が書いた曲に『花 DUB』というのがある。カリンバで演奏する重いダブ曲だ。ちょっと昔に、映画の為に書いた曲だが、無数の紅い花びらが、ぼたん雪のように天井から降ってくるシーンの為の曲だったが、ボツになった。そうだ、四月二六日のライブのタイトルを「花 DUB」としよう。東京の桜は散っているだろうが、花はいい。めでたい日も、悼む日も、寒男が好きな何でもない日も花はいい。そして声を出そう「きれいな水のある所へ行きたい、きれいな空気のある所で暮らしたい」

2013月02月06日